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かちどき橋 橋脚内見学ツアー

かちどき橋 橋脚内見学ツアー20180501~

勝鬨橋の歴史

勝鬨橋は、昭和15年(1940年)に隅田川河口部に築造された、わが国で最大規模を誇る可動橋です。橋の中央部分を「ハ」の字型に開いて、1000トン級の大型船舶を通すことができました。橋脚内見学ツアーは、橋や機械・電気に関する高度な技術的工夫がこらされた開閉の仕組みを多くの方々に知っていただくために開催しています。

工事中の勝鬨橋

跳開時の勝鬨橋(車道部)

跳開時の勝鬨橋(全景)

橋脚内見学ツアー

現在(公財)東京都道路整備保全公社が開催している勝鬨橋脚内見学ツアーにつきましては、
勝鬨橋の補修工事に伴い、平成30年1月から平成32年3月末までの予定で一時中断しております。
なお、工事の進捗により、中断期間に変更が生じる場合は、その都度ホームページ等でお知らせします。

隅田川著名橋等ツアー ※橋脚内見学ツアー中断期間中は、隅田川著名橋等ツアーを実施します。

橋の資料館を見学し、勝鬨橋を歩いて見て回った後、水上バスに乗船し隅田川の著名橋等を船上からガイドと一緒に見学します。

内容

  • 開 催 日:毎月第4木曜日(祝日開催無し)※初回の開催は平成30年6月28日(木)です。
  • 集合時間:12:00
  • 集合場所:かちどき 橋の資料館
  • 解散場所:浅草(水上バス・浅草寺二天門前発着場)
  • 参加人数:最大15名
  • 参加費用:無 料
  • 案内説明:東京都建設防災ボランティア協会
  • 所要時間:2時間程度(水上バス乗船50分程度)

申込方法

往復はがきに、

①希望月日
②住所
③氏名
④年齢
⑤当日連絡が取れる電話番号
⑥参加人数(1通で3名様まで可)

を記入し下記宛先へ送付して下さい。

※希望月の前月末日必着でお願いします。(例:希望日が6月第4木曜日の場合は、5月末日必着)
※応募多数の場合は抽選となります。
※返信用にはご自分の住所、氏名のご記入をお願いします。
※お送りいただいた個人情報については、ツアー運営以外の目的には使用いたしません。

宛先

〒163-0720 新宿区西新宿2-7-1 小田急第一生命ビル20階
(公財)東京都道路整備保全公社「隅田川著名橋等ツアー」予約係

決定通知方法

返信はがきにて、毎月10日までに抽選結果をお知らせします。

申込の条件

①歩行距離約1km、階段の上り下り及び水上バスの乗下船などがあるため、安全面を考慮し、体力的に自信があり自力で行動できる方。
②小学生以上の方

参加にあたってのお願い

  • ツアー実施中の食事はご遠慮下さい。
  • 動きやすい服装、歩きやすい靴でお願いします。
  • 荷物は各自で持ち歩きます。

<お問い合わせ先>(公財)東京都道路整備保全公社 公益事業課 TEL:03-5381-3380

かちどき 橋の資料館

かちどき 橋の資料館

かちどき 橋の資料館

場所 中央区築地六丁目20番11号勝鬨橋(勝鬨橋築地市場側橋詰)
開館日時 火・木・金・土 9:30~16:30 (12/29~1/3を除く、12/1~2/28の期間は9:00~16:00となります。)※入場は無料です。
電話 03-3543-5672
アクセス 都営大江戸線:築地市場駅A1または勝どき駅A4出口徒歩8分、
東京メトロ日比谷線:築地駅1番出口徒歩8分
都営バス:築地6丁目バス停徒歩3分(都03・04・05・業10系統)

かちどき 橋の資料館URL:http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/road/kanri/gaiyo/kachidoki/index.html

勝鬨橋Q&A

橋の名前の由来は?

勝鬨(かちどき)の名は、明治38年の日露戦争の勝利を記念して、築地と月島間に新たに設けられた渡し場である「かちどきの渡し」に由来しています。

勝鬨橋を建設した目的は?

月島と築地との連絡は、佃の渡し、月島の渡し、勝鬨の渡しの三つの渡しにたよっていました。勝鬨橋は、こうした月島の交通不便を解消し、当時、埋立が進んでいた晴海や豊洲地区の開発支援のため建設されました。

船が通れる可動橋にした理由は?

隅田川河口部は、江戸から明治、大正、昭和初頭頃まで港の働きのある水域でした。河岸には、倉庫や工場が立地しマストなど背の高い貨物船が航行していました。また、造船所などもあり大型船も航行していました。このため、通常は人や車を渡し、一日数回開橋して大きな船を通すことのできる可動橋にしたのです。

開閉回数は一日何回?

戦前は、一日5回開閉していました。戦後の昭和22年からは一日3回、昭和36年からは一日1回です。可動部は70°まで70秒で開きました。船が通る間、晴海通りは約20分間交通止めになりました。(※現在は開閉しません。)

開閉を中止したのはなぜ?

生活物資などを運搬する交通手段は、昭和30年代に入ると船や鉄道から自動車に転換してゆきます。このため、隅田川を航行する船が減少し、また勝鬨橋が渡している晴海通りの交通混雑が激しくなり、昭和45年11月29日を最後に開閉を中止しています。